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右も左もわからない土地で 夫を支えるため奔走 わが家の場合、倒れたのは夫で、しかも 新幹線で2時間半もかかる出張先でのこと でした。ですから、私がまずしたのは「入院 先の現地で助けてくれる人を探す」こと。 取る物も取りあえず付き添いに飛んでい ったものの、右も左もわからない土地。小 学生の娘と離れた生活を余儀なくされ、病 状が安定してくれば地元の転院先を自力で 探さなければならない。他人の助けなしに はとても乗り切れませんでした。 そして実際、本当にたくさんの人が助け てくれたのを思い出します。実家の母はわ が家に泊まりこんで、娘を学校に送り出し てくれました。妹は自分の人脈を駆使して、 転院先に関する情報を集めてくれました。 弟の義母は、リハビリに詳しい知り合いの医 師を紹介してくれ、この先生が一面識もな い私に、ていねいにアドバイスをくださった のが大きな力になりました。 病院で同室になった患者さんの奥さまた ちとも親しくなり、励ましあうだけではな く、私を心配して食事に誘ってくれました。 3年近く経った今でも時々電話で話します。 もちろん、夫がお世話になった病院や施設 には足を向けて寝られません。 看病生活をきっかけに あぶり出される人間模様 私自身も仕事をしていたものの、仕事に はいつ戻れるかわからない状況で、職場の 同僚や後輩たちには随分迷惑をかけてしま ったはずです。でも皆、私が抜けてしまっ た部分をフォローする傍ら、介護の情報収 集や手続きにも手を貸してくれて、遠い土 地でもメール一本でつながるありがたみを 実感。そして、本当に困った時には今まで 大事にしてきた人間関係がものを言う、と いうことも実感しました。 ただ、本来の人間性があぶりだされてし まうのも、こういう時です。 夫の会社の社長は、夫が倒れて1週間以 上経ってから病院を訪れ、自分がいかに健 康に気をつけているかを得々と話して帰り ました。夫は社長のことを敬愛していて、 たぶん今でもそうだと思うだけに、この時 は悔し涙が出ました。社長はきっと、自分 がわざわざ来たことを、感謝されていると 思っていたはずですが。 もっと腹が立ったのは、夫の家族です。 義父には「お義父さんのかかりつけの脳 神経外科の先生に、転院先の心当たりにつ いて聞いてみてください」とお願いしたら、 「先生は忙しい人だから」と相談すら断ら れ、義母に至っては「あなたも大変よねぇ、 夫と娘の2人抱えて。どうしてこんなこと になっちゃったのかしらねぇ」と、まるで他 人事。いったい誰の子ども、孫なの!? 実は、義母は夫が倒れる前まではうつが ひどかったのですが、なぜか元気になってし まったようです。私としては、それはそれ で助かったと言えますが。 そんなことがあって以来、私は夫の親族 に不信感を抱くようになりました。結局、 夫が「子どもの頃から兄弟みたいに付き合 ってきた」という従兄弟たちも、誰一人見 舞いに来ませんでした。今でも協力や相談 をしたり、利用するところはしても、“頼る” つもりはありません。 |
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